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東京地方裁判所 平成6年(ワ)15553号 判決

原告

嵯峨たか子

被告

保元學

主文

一  被告は、原告に対し、三九一万三三一八円及びこれに対する平成三年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三三三二万六五六六円及びこれに対する平成三年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(一部請求)。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び容易に認定し得る事実

1  事故の発生

(一) 日時 平成三年一〇月二六日午後九時五〇分ころ

(二) 場所 神奈川県横浜市緑区荏田西一丁目六番地先路上

(三) 加害車 被告が保有し、かつ運転する普通乗用車

(四) 被害車 嵯峨卓(以下「卓」という。)が運転する自動二輪車

(六) 事故態様 被害車が前記道路を川崎方面から厚木方面に向けて走行していたところ、進行方向左に分岐する丁字路から左折進入してきた加害車の左後方に被害車の前部が衝突した(以下「本件事故」という。)

2  本件事故の結果

卓は、本件事故により平成三年一〇月二六日午後一一時一一分に死亡した。

3  原告と卓との身分関係

原告は卓の母親である(甲二)。

4  既払金の存在

原告は、加害車の自賠責保険金三〇〇〇万円を受領した。

三  争点

1  本件事故の態様及び事故当事者間の過失割合

(一) 被告の主張

本件事故は、卓が加害車の運転操作を誤つたために転倒し、加害車に追突したものであり、卓の一方的な過失に起因するものである。

(二) 原告の主張

被告は、左折進入中又はその直後、右後方に注視して安全を確認しないまま、第二車線に車線変更を行おうとしたか又は第二車線寄りに加害車を斜行させたために被害車の進路を塞ぐ結果となり、それゆえに卓は加害車との衝突を回避しようと左ハンドルを切つたものの回避し得ず、加害車に衝突したものであつて、本件事故は、被告の安全確認義務懈怠に起因するものである。

2  損害額

(一) 原告の主張

(1) 葬儀費 一五〇万円

(2) 逸失利益 五九六八万〇八〇九円

卓は、本件事故当時東海大学二年生に在学する二一歳(昭和四五年七月一三日生)の学生であつた。したがつて、三年後に大学を卒業すれば平成四年産業計・企業規模計・全年齢男子大卒者の平均年収に相当する賃金を得られたであろうから、同人の逸失利益は以下のとおりである。

六五六万二六〇〇円×(一-〇・四)×(一七・八八-二・七二三二)=五九六八万〇八〇九円

(3) 死亡慰謝料 二五〇〇万円

(4) 弁護士費用 三〇〇万円

(二) 被告の認否

争う。

第二争点に対する判断

一  本件事故現場付近の状況及び事故態様

前記争いのない事実、甲八、九、乙一ないし四、証人内良義和(以下「内良」という。)、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件事故現場付近は、別紙現場見取図(以下「別紙図面」という。)のとおりであり、事故現場は、川崎方面と厚木方面とを結ぶ片側二車線の国道二四六号の厚木方面に向かう車線(以下「本件道路」という。)と荏田南方面に通ずる市道(以下、単に「市道」という。)とが丁字路状に交差する交差点(以下「本件交差点」という。)付近の本件道路上であり、前記国道の全幅員は一八・二メートルで両側がガードレールで歩車道の区別があり、車道中央には中央分離帯が設置されている。厚木方面の車線の幅員は六・四メートルで、第一、第二車線ともに幅員は三・二メートルあり、側方の歩道部分は二・七メートルである。

本件道路は終日駐車禁止であり、時速五〇キロメートルの速度規制がなさている。また、市道は終日駐車禁止、時速四〇キロメートルの速度規制がなされ、本件道路に進入する車両に対しては一時停止、右折禁止の規制がなされている。

2  本件事故当時には若干の小雨があつたこと、本件交差点付近には人家がなく、水銀灯が本件道路沿いに約六〇メートル間隔で設置されているのみであり、薄暗い状況であること、市道から本件道路の右方の見通しは空地の高台があることから見通しは不良であつたことが認められるが、交差点に進入する直前では右方約一五〇メートルの車両のライトと形を視認することは可能な程度の見通し状況であつた。

本件事故当時、本件道路の第一、第二車線ともに車両の通行量が多く、第一車線は渋滞した状況、第二車線も渋滞した状況ではあつたものの第一車線よりは車両が流れていた状況であつた。

3  被告は、市道から本件道路に進入するに当たつて別紙図面〈1〉の地点で減速して〈2〉の地点で一時停止し、右方にある内良の運転する車両(以下「内良車」という。)がAの地点であまり速度が出ていなかつたため、時速約一〇ないし一五キロメートルの速度で左折を開始し、左折が完了してハンドルを戻して進行方向に真っ直ぐの状態になつた後に被害車が加害車の左後部に衝突した。なお、被告は、右ハンドルを切つたことはなく、右寄りに位置を変えたことはない旨供述する。

4  内良は、本件道路が渋滞する状況であつたので時速一〇ないし二〇キロメートルで走行していたが、別紙図面〈2〉の地点で加害車が左折進入しようとするのを発見したので、左折進入を容易にするために減速して前方車との車間距離を開けたところ、加害車が左折進入してきた。その態様について、内良は、加害車が荏田南一―六の角地の形状に沿つて、膨らまずに左折したように見え、その後、加害車が進路を右に寄せたように見えたが、加害車は右折指示灯を点灯させてはいなかつた旨証言する。

5  被害車は、加害車と衝突する直前、第一車線と第二車線の中間付近を時速約五〇キロメートルで渋滞車両の間を通り抜けて走行していたが、内良車の右側を通過した時点で、前方にあつた加害車が、自車進行方向の空間を占拠したため、やむを得ず、これを回避して加害車の左側を通過しようとしたものの、内良車と加害車との間隔が広くなかつたため、左ハンドルを深く切らなければならなかつたが、自車の速度が前記程度であつたため、余裕をもつて左方に移動することができず、左側に転倒して滑走し、加害車の左後部に衝突するに至つた。

以上の事実を総合すると、被告は、左折進入を完了後に左に切つたハンドルを元に戻すために右にハンドルを切つたが、ハンドルの切替えが完全ではなかつたことからハンドルが左に切つた状態から中央の状態、さらには右に少し切つた状態になつたため、加害車自体も左折状態から直進状態、さらに右側に曲がつていく状態になつたと推認できる。被告の前記供述は、意図して右側に車両を移動させたものではないとの趣旨と解されるから、前記認定を妨げるものではなく、内良の前記証言にも合致するものである。

なお、原告は、被告が第二車線への車線変更を行おうとしていた可能性を指摘するが、第二車線が渋滞しつつも車両が流れている状態であつたことからすると、そのような第二車線に左折直後に、かつ右折指示灯を点灯させることなく進入することは極めて危険であり、被告がかかる車線変更を行うとは到底考え難く、この点に関する被告の供述は信用することができ、原告の前記主張は採用することはできない。

被告は、本件事故現場付近における渋滞状態からすると、後方にある内良車の動向を注視するのみならず、機敏にかつ速い速度で第一車線と第二車線との間を走行してくる自動二輪車の存在をある程度予期して市道から本件道路に左折進入行為を行うべきであるのに、左折のためのハンドル操作が前記のとおり不十分であつた点について、安全運転義務懈怠の過失があると認められる。他方、卓は、渋滞中の第一、第二車線の間を通り抜けるのであるから、両側の車両等を含む周辺の交通状況により細心の注意を払つて走行すべきであり、たとえ、前記制限速度内であつたとしても、安全運転義務を十分に尽くしていたとは到底いい難いこと、本件事故が卓の死という痛ましい結果となつたのも、加害車の後部に衝突した衝撃が大きかつたからであり、それは、まさに被害車の速度が大きかつたゆえんでもあること、十分に減速していれば、余裕をもつて加害車の左側を通過することが可能であつたと推認されることを勘案すると、卓と被告との過失割合は、卓五五、被告四五と評価するのが相当である。

二  原告の損害額

1  葬儀費 一五〇万円

卓が大学二年生に在学中の若者であり、突然の死によつて多額の出費を避けられなかつたことも勘案すると、前記金額をもつて相当な葬儀費用と認める。

2  逸失利益 五一〇八万五一五二円

卓は、本件事故当時二一歳の大学二年生であること(弁論の全趣旨)からすると、逸失利益の基礎収入としては、卓が卒業する見込みである平成六年の賃金センサス産業計・企業規模計・大卒男子・全年齢平均年収である六七四万〇八〇〇円を、生活費控除率については五〇パーセントを、六七歳までの四六年と卒業までの三年の各ライプニツツ係数を一七・八八〇、二・七二三とすると、以下のとおりとなる。

六七四万〇八〇〇円×(一-〇・五)×(一七・八八〇-二・七二三)=五一〇八万五一五二円

3  死亡慰謝料 二二〇〇万円

卓が未だ大学在学中の将来のある身であつたにもかかわらず、本件事故により若き命を失わざるを得なかつたこと、唯一の肉親である母(原告)に多大な悲しみと失望を与えたことについて卓自身も相当な精神的苦痛を受けたであろうこと等を斟酌すると、卓自身の慰謝料としては、前記金額をもつて相当と認められる。

4  小計

以上を合計すると、七四五八万五一五二円となるが、前記のとおり、本件事故が卓自身にも少なからぬ過失を認めざるを得ず、それによる過失相殺を行うと、三三五六万三三一八円となる。

5  既払金の控除

前記争いのない事実によれば、既払金は三〇〇〇万円であるから、これを控除すると、三五六万三三一八円となる。

6  弁護士費用

本件における相当な弁護士費用として、三五万円を認める。

7  合計

以上を合計すると、三九一万三三一八円となる。

(裁判官 渡邉和義)

交通事故現場見取図

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